ボク達三人、脱兎のごとく階段を走りおりて・・お父さんが玄関あけるのももどかしく外へ飛び出した。
そしてお父さんが門の鍵をあけているとき・・
元気ちゃんがボクの目の前でパタッと倒れたのだっ。
「わっ、どーしたのー？元気ちゃんっ。」
「ヒメちゃんヒメちゃん・・元気ちゃんの様子が変だよーー」
「ほんとだ・・元気ちゃんっ・・元気ちゃんっ」　
門をやっと開けたお父さんが振り返った。
「さあ、行こうか・・あれ？　どーした？元気？？」
元気ちゃんは微動だにしない。
「元気っ　どーしたんだ・・これはただごとではないぞ・・」
「おーーい　お母さーーん・・・おかあさーーん」
お父さんはあわててお母さんを呼びに行った。
寝ぼけ眼だったお母さんもお父さんの様子が変なので大慌てで降りてきた。
「どーしたの？　何かあったの？」
「元気ちゃんが倒れた・・動かない」
「えーーーーーーーっ　そんなばかな・・」
お母さんはパジャマ姿なのも忘れて、玄関から飛び出てきた。
倒れて動かない元気ちゃんを見て、すぐに抱き上げると・・「元気ちゃんっ元気ちゃんっ元気ちゃん」と叫びながら体をさすりまくった。
お母さんのなすがままで・・ピクリともしない元気ちゃん。
家に入って大急ぎで着替えると、病院に走っていきました。
ボクとヒメちゃんとお父さんは、散歩もやめてひたすらお母さんと元気ちゃんの帰りを待っていました。
一時間ぐらいたったでしょうか・・
お母さんが目を真っ赤にして、動かなくなった元気ちゃんを抱きしめて帰ってきました。
家の中に入ったとたん・・お母さんの目からまたまた大粒の涙が次から次に・・
「だめだったのか・・・どーしてこんなことになったんだろ・・あんなに散歩を喜んでたのに・・」お父さんもすっかり落ち込んでる。
お母さんは抱きしめた元気ちゃんを離そうとしない。
ヒメちゃんは座り込んでるお母さんの側にに行って、お母さんの流れ落ちる涙をペロペロとなめてあげてる。
「お母さんっ　お母さんっ　元気ちゃんは、お母さんにいっぱい好き好きして、大喜びで散歩に行ってて死んじゃったんだよ・・きっと元気ちゃんはまだ死んだことに気がつかないで天国でめいっぱい走りまわってるよー」ってボクは叫んだよ。
お母さんは元気ちゃんを花柄のタオルで包んで寝かせました。
そしてたくさんのお花を飾って・・その前でまた泣いてました。
ボクもヒメちゃんもそりゃぁ悲しかったけど・・お母さんの悲しみようを見てたらなぐさめずにはいられなかった。
「お母さんっ　もう泣かないで。ボクとヒメちゃんが元気ちゃんのぶんまで親孝行するからさ」
それからはだんだんお母さんも元気になっていったけど・・
ボク達がなにかすると「こんなとき元気ちゃんはこうしてたねぇ」と思い出しては遠い目をしている。
それでも、もうそんなことに感傷的になってる暇がないような事件がおこった。
それは、ひめとボクの娘・・ケリーちゃんが出戻ってきたんだ。もらわれてた先で事情があって戻ってきたのだけど・・
それがどうも様子が変なんだ。よく物にぶつかるし・・おとうさんが散歩に連れてってくれても道の真ん中じゃなくて端っこばかり歩くんだ。
おかあさんが心配して病院に連れてったら・・なんとケリーちゃんは緑内障なんだそーだ。
白内障は手術で治るけど、緑内障は治らないそーで、いつかは目が見えなくなるらしい。
緑内障というのはとっても視野が狭くなるらしく、だからケリーちゃんはよく物にぶつかるらしい。
だから、ケリーちゃんは壁とかにそって歩くくせがついた・・だからお母さんは壁に沿ったところでぶつかりそうなところには座布団を置いたりしてケリーちゃんがぶつかっても痛くないように色々と工夫してた。
それさえなければ、とっても元気でボクとひめちゃんとケリーとよくじゃれあったりケンカしたりして、楽しい毎日だったんだけど・・
ある日、ケリーちゃんの姿が見えなくなったんだ。
ケリーちゃんは普段からおとなしい性格であんまり吠えたり騒いだりしない性格で、存在感がちょっと薄かったんだけど・・でも、お母さんが呼んだらちゃんと顔みせていたのに、その日は出てこなかったんだ。
家中探し回ったけど、どこにもいない・・
大騒ぎしてさがしまわって見つけたのが・・なんとタンスの後ろ。
ちょっと説明しにくいんだけど、部屋の角にふたつタンスが並んでるんだけど、その二つのタンスの細い隙間に入り込んで、更にそこからタンスの後ろに行ってしまって・・突き当たりは壁で・・ケリーちゃんは身動きがとれなくなってたのです。
バックすることもできず・・そこでじっと座ってました。
お父さんとお母さんでタンスを動かして大騒動の救出劇でした。
緑内障で左右が見えないので、どうしてもそういうことが起きやすいらしいのです。
こんなことではケリーちゃんがかわいそうだから・・と言うことで、大工さんに頼んで大きなベビーサークルみたいなのを作ってもらいました。三畳ぶんぐらいのサークルです。
そのサークルがケリーちゃんの部屋になりました。
ボク達と一緒に遊べなくなったけど・・でも、ケリーちゃんのためだから仕方ないよね。
でも、散歩だけは、ボク達一緒だから・・がまんしなきゃね。

こうしてちょっとは不便だけど・・でもまた明るく騒がしい毎日がはじまりました。
お母さんがお出かけするときは、お母さんはまずケリーちゃんの所に行って「お留守番お願いね」と言って、それからボクとひめちゃんの所にきて「いたずらしないで待っててね」と頭をなでてくれておでかけするんだけど・・
その日もそーやってお母さんは階段を下りていったんだけど・・
ひめちゃんはお母さんが階段を下りたのをみとどけると、脱兎のごとく机の上に乗ったんだ。
お母さんがいるときは絶対机に乗ったりしないんだよ。だってお母さんに叱られるのがわかってるし・・
ひめちゃんが今日に限って机に乗ったのにはわけがあるんだ。お母さんが机の上にお菓子を乗せてて、それをかたずけるのを忘れたまま出かけたからなんだよ。
「やばいよー　ひめちゃんっ　お母さんに叱られるよー」「大丈夫っ　お母さん今出かけたばかりだからしばらく帰ってこないし、お母さんのことだからお菓子がなくなってても気がつかないと思うよー」
そう言って包んであるお菓子を食べ始めたんだ。・・・・そしたら
｢大変、大変、忘れ物しちゃったー」とお母さんが駆け上がってきたんだ。
これにはひめちゃんもびっくりぎょうてん。「あーーーーっ」と言うお母さんの声でひめちゃんは固まってしまった。
一瞬、お母さんとひめちゃんは目と目をあわせて止まってしまった。
もうひめちゃんは机から降りることも出来ず・・お母さんの口はあいたままで・・
ボクはどうなることかと息をひそめて見守っていたのだが・・・
そしたらひめちゃんたら、メチャ、ばつが悪そうな顔をして、からだをクネクネさせながらゆっくり机から降りて、頭を下げてお母さんの足の方に擦り寄って行ったんだよー　そして足元でさっとごめんなさいポーズをしたんだ。
これにはさすがのお母さんも怒ることもできず・・「こんなとこにお菓子を出しっぱなしにしてたお母さんが悪かったわね」と言いながらお菓子をかたずけて「でも、ひめちゃんっ　机に乗ったらだめでしょ」と、やさしく言い聞かせて、また出かけました。「ふー　助かったー　あんまり怒られずにすんだねー」と、ひめちゃん。一応、作戦勝ちのようだけど・・
ボクは、「今回ははじめてのことだからあんまり怒られなかったけど・・もう一度みつかると今度はもうお散歩に連れてってもらえないかもしれないから・・もうやめたほうがいいよ」とひめちゃんに言ったら「うん、そーだねー　びっくりしたもん・・もうやらないよ」と約束してくれました。
それからは一度も机にのぼったことはありません。えらいでしょっ。